こんにちは!しょーてぃーです!
今回は、山奥の「顔のない死体」から始まる警察ミステリ、
『失われた貌』について紹介をしていきます!
『失われた貌』について
この記事でわかること
- 「顔のない死体」から始まる事件の導入と、所轄捜査の読みどころ
- “過去の失踪”が現在の事件へ混ざっていく構造の面白さ
- 派手さより「積み上げ」が効く本作の味わい方
本書の概要
『失われた貌』は、架空のJ県を舞台に、所轄署の捜査係が山奥で発見された「顔のない死体」を追う警察ミステリです。顔と歯と手首を失った遺体は、身元を消す意図が明白で、地道な聞き込みと照会の積み上げで捜査が進みます。事件報道後、生活安全課に小学4年生が現れ、10年前に失踪宣告を受けた父かもしれないと訴えることで、現在の殺人と過去の失踪が交差していきます。
書誌情報は、新潮社より2025年8月20日刊行、304頁、ISBN 978-4-10-356411-9、判型は四六判変型で、電子書籍同時配信です。章題どおり6月29日から7月6日の1週間で収束していく構成が示されています。出版社公式は304頁とする一方、国立国会図書館サーチでは297pの記載もあるため、厳密には奥付確認が安全です(本書内の記述の範囲では版の指定は確認できません)。
刊行後の評価として「このミステリーがすごい! 2026年版」国内編1位など年末ランキングでの評価や、本屋大賞2026ノミネートが公表されています。とはいえ、宣伝のインパクトだけで判断するより、所轄の“手続き”がどう謎に繋がるかを味わうと、しっくり来やすいタイプだと思います。ここは正直、派手な一撃を期待すると肩すかしに感じる人もいるかもしれません。
本書をオススメしたい人
- 派手な推理合戦より、聞き込みや照会が積み上がっていく捜査の手触りが好きな人
- 伏線回収の快感だけでなく、真相のあとに残る“やさしさとやるせなさ”まで読みたい人
- 「失踪」「身分」「家族」といったテーマが、事件の謎と絡むミステリが気になる人
正直、あまり向いていない人
- 天才探偵のひらめき一発でスパッと解決するタイプが好きな人
- 家庭内暴力など、生活の痛みが並走する描写がしんどく感じやすい人
- 序盤から大どんでん返しの連打を求める人
『失われた貌』のあらすじ
あらすじ(ネタバレ控えめ・前半)
舞台は架空のJ県・媛上市。所轄署の捜査係長・日野雪彦は、土曜の朝6時過ぎ、変死体発見の一報で呼び出されます。夜勤明けの妻とはすれ違い、中3の娘に約束していた弁当づくりも果たせないまま出勤することになり、事件の不穏さと同じくらい“生活の摩耗”が冒頭から刺さります。ここが本作の地味に効くところで、事件だけじゃなく、日常のズレがじわじわ積もる感じがあるんですよね。
現場は山奥の谷底で、遺体は40〜50代男性と見られます。顔は叩き潰されて人相が判別不能で、歯が抜かれ、両手首も切断されているという状態です。犯人が執拗に身元を消そうとした痕跡が明白で、日野は「顔がない」事実そのものに嫌な予感を覚えます。しかも事件の前日、地方紙「北光ウィークリー」には“不審者対応の不十分さ”を告発する投書が載っており、署内が神経質になっていた空気が、余計に不穏さを増します。
捜査線上に早々に上がるのが第一発見者の佐竹亘です。本人は“不法投棄目的で下見をしていた”と供述しますが、日野は鵜呑みにせず、聞き込みや照会で身辺を洗っていきます。ここで生活安全課長の羽幌も動き、佐竹家の事情が浮かび上がり、家庭内暴力の問題として緊急逮捕に踏み切る展開が出てきます。殺人捜査と“生活の暴力”が同じ署内で並走し、読者の気持ちも簡単に割り切れない方向へ連れていかれます。
そんな折、生活安全課に小学4年生の小沼隼斗が訪れます。「死体はほんとにぼくのお父さんじゃないんですか?」と詰め寄る彼の訴えが、捜査の視線を“過去”へ引っ張ります。隼斗の父・小沼憲は10年前に行方不明となり、失踪宣告で“亡くなった扱い”になっていました。隼斗は父の顔を知らず、身元不明遺体が見つかるたび警察を訪ねて同じ確認を続けてきたという事情が語られます。
日野は鑑識情報の簡易的な確認から、遺体が小沼憲ではない可能性が高いことを示しつつも、隼斗の来訪が“別の問い”を持ち込んだと直感します。それは「この遺体は誰か」だけではなく、「なぜ身元を消す必要があったのか」「10年前の失踪は何だったのか」という問いです。章題どおり日付で進み、6月29日から7月6日までの“1週間”の中で、所轄が拾う情報が少しずつ束ねられていきます。ここまででも、すでに“事件の謎”と“家族の宙吊り”が、同じ糸で結ばれそうな気配がします。
捜査の途中、付箋の貼られた地方紙には、B県で「辻晴一」が妻を刺した疑いで逮捕されたという記事も載ります。日野が羽幌をからかうように記事を読み上げる場面が示され、いまは別件に見える情報が、後々影を落としそうな匂いを漂わせます。さらに7月に入ると、隣接市のアパートで別の変死体が見つかり、捜査は枝分かれしていきます。会議では「漂白剤」や指紋などの情報が議論され、他署との主導権調整も含めて、プロシージャルの手触りが濃くなっていきます。
このあたりから本作は、単なる猟奇的な事件ではなく、「秘密を握る者」と「秘密を守りたい者」の力学へ、じわっと焦点が移っていきます。ただし終盤の“真相”は、公式が伏せる情報であるため、ここでは踏み込みません。前半の時点でも十分に、「顔(身元)を消す」という行為が、単なる残虐さでは終わらないかもしれない、と感じさせる仕込みが効いています。読んでいて、怖いのは犯人の凶暴性よりも、“人が秘密を守ろうとしたときの現実”なのかもしれないと思いました。
この作品はどんな読書体験か
派手な一撃で驚かせるというより、聞き込みと照会が積み上がって、最後に「そういうことか」に着地していく読書体験だと思います。所轄署の会議や調整が丁寧に描かれ、読者も同じ高さで情報を追える感覚があります。正直、スピード感だけを求める人には地味に感じるかもしれません。けれど、地味だからこそ後半の重みが増していくタイプで、ここが好みだとかなり刺さるはずです。
『失われた貌』の感想
感想①:テーマ
本作の中心にあるのは、「顔」と「身分」と「家族」が、事件の謎そのものと絡み合う怖さだと感じました。顔を奪われた遺体は、単にショッキングな見た目ではなく、「人が誰であるか」を奪う装置として置かれています。そこへ小学4年生の隼斗の訴えが入ってくることで、事件が“謎解き”だけでは済まない方向に進みます。子どもが父の顔を知らないという事実だけで、胸のあたりがぎゅっとなりますよね。
さらに、事件以前の“空気”として投書があり、署内が神経質になっていたという前提も効いています。誰かの不安や苛立ちが、別の誰かの判断を変えてしまうことがある。そんな生活の層が、事件の層と地続きで描かれていきます。本書内の記述の範囲では、これを説教としてではなく、現場の手触りとして置いているように見えました。読後に残るのが“勝ち負け”ではなく、“やさしさとやるせなさ”だと言われる理由も、前半だけでも納得できる気がします。
感想②:人物(語り)
日野雪彦は、天才でも熱血でもなく、所轄の現場責任者として判断と迷いを抱えて動く人物として描かれます。冒頭から家庭の約束が崩れていく描写があり、事件の陰惨さと、日常の摩耗が同じ画角に入ってきます。羽幌もまた投書対応の渦中にいて、別線の“生活の暴力”にも踏み込む立場として置かれ、署内の空気を背負っている感じがします。こういう人物の配置が、パズルだけで終わらない読後感に繋がっているんだと思います。
そして何より、隼斗の存在が大きいです。彼の「父かもしれない」という訴えは、捜査を過去へ引っ張る装置であり、同時に“倫理の重み”を持ち込む存在でもあります。大人の論理だけで片づけたくない気持ちが、読者にも自然に芽生えてしまう。ここがちょっとずるいというか、強いんですよね。あなたが日野の立場なら、どこまで踏み込むべきだと思いますか。
感想③:読後感
本作の読み味は、プロシージャルの骨太さが先に立ちます。会議で情報を並べ、他署と調整し、聞き込みと照会を繰り返す。そこに別件の“ノイズ”が差し込まれ、後半に向けて意味が変わっていく構造が示されています。正直、宣伝の熱量だけを先に浴びると、派手さの期待値が上がってしまうかもしれません。
でも、個人的にはこの地味さが好きでした。地味だから、読み手の足場が崩れにくく、後から振り返ったときに「ここが効いてたのか」と実感しやすいんです。陰惨な事件を扱いながら、生活の痛みも並走し、しかも手続きでちゃんと運ぶ。前半だけでも、最後に“感情の決着”まで運んでいく気配があるのがすごいと思います。読み終えたとき、あなたは「謎の正解」より「誰のための解決だったか」を考えてしまうかもしれません。
この作品が投げかける問い
「身元」を消すほど守りたいものがあるとき、人はどこまで現実をごまかせてしまうのか。逆に、誰かの“顔”を取り戻すために、警察はどこまで踏み込めるのか。隼斗の問いのように、答えがひとつでも、受け止め方がひとつではない問いが残ります。あなたなら、真実と生活のどちらを優先してほしいと思いますか。
最後に
『失われた貌』は、「顔のない死体」という古典的モチーフを、所轄の地道な捜査で成立させていく警察ミステリです。聞き込み・照会・他署との調整という“積み上げ”が、過去の失踪と現在の事件を交差させ、じわじわと緊張を高めていきます。前半の時点でも、陰惨さだけで終わらず、生活の痛みや家族の宙吊りが重なってくるのが印象的でした。
気になった方は、ぜひ『失われた貌』を手に取ってみてください!

コメント