こんにちは!しょーてぃーです!
今回は、中村文則さんの
『彼の左手は蛇』について紹介をしていきます!
『彼の左手は蛇』について
本書の概要
本書はひとことで言うと
緊迫の連続と寓意に満ちた、不穏な復讐譚の1冊です。
本書をオススメしたい人
- 閉塞感漂う現代社会の中で、希望や自分なりの価値観を求める人。
- 幻想的・寓意的な要素が散りばめられたサスペンスを好む人。
- 生きづらさや社会への苛立ちを抱え、物語から癒しや励ましを求めたい人。
主人公の「男」は幼少期から左手に蛇が宿る体験を抱え、
3ヶ月前に会社を辞め恋人とも別れた末、蛇信仰の残る山村に独りやって来ます。
物語には、彼が偶然捕らえた猛毒蛇や白蛇を祀る神社の宮司、
蛇に執着する女性、毒蛇咬傷死の事件を追う刑事、
そして大統領選に出馬する米国人実業家ロー・Kなど、
蛇と事件をめぐる多彩な人物が重層的に描かれます。
本作の主題は、長年「悪」とされてきた蛇を通じて
現代社会への閉塞感や抑圧に疑問を投げかける点にあります。
著者自身が「蛇は生きるものの象徴」と位置づけるように、
どんな時代でも「今ある価値観が全てではない」と信じる精神が
主人公の生き方から強く伝わってきます。
物語は前半で村の奇妙な出来事を静かに描き、
後半で主人公の単独テロ計画が明らかになるにつれて
サスペンスが急速に高まっていく構成です。
寓意的で幻想的な文体により、現実と幻覚が交錯する緊張感のある世界観が特徴で、
読後には深い余韻を残す1冊です。
『彼の左手は蛇』のあらすじ
あらすじの概要
<つまり言いかえれば、これはテロの書だ。誰も読んでは――>
3ヶ月前、「男」は仕事辞め、女性と別れ、世界中から失われた蛇信仰のあるこの地へ来た――平家が落ち延びたといわれるこの土地に。そして「この文章」を書いている。誰も読まない「この手記」を。
自分が人ではないと思っていた幼少時代の奇妙な記憶、有志によるQ山の毒蛇狩り、白蛇を祀る神社とその宮司、蛇を求める女、ある議員の死とそれを調べるQ署の刑事、ロー・Kというビジネスマン、そして……Apep。
いま男は、ある目的のために“1人”で動き出す。
「現在や未来で、過去は変えられるんだよ。……起こったことは変えられないけど、その後の時間をどう生きるかで、過去の印象や意味合いは変えられる」
彼の左手は蛇 より
蛇神信仰に潜む復讐
物語は、主人公である「私」が書き続ける手記として語られます。
三か月前に仕事を辞め、恋人とも別れた彼は、
幼少期に「左手に蛇が宿っていた」という奇妙な記憶を抱えたまま生きてきました。
その感覚は両親から否定され続けられ、彼の中に深い孤独と自己否定を残しています。
彼は自分を肯定できる場所を求め、蛇信仰の残る土地へと移り住みます。
古びた宿でひとり手記を書きながら、
「過去は変えられないが、過去の意味は生き方で変えられる」という
思想を何度も反芻していきます。
やがて街では、五大陸の毒蛇が放たれたという前代未聞の事件が発生し、
人々は恐怖と混乱に包まれます。
主人公はこの事態を前に、蛇を恐れるのではなく、
すべての毒蛇を自分が集めたいと考え、行動を開始します。
有志による毒蛇駆除ボランティアに参加し、
一匹の猛毒蛇を捕獲した彼は、その蛇を象徴的に「アペプ」と名付けます。
しかし物語が進むにつれ、主人公は単なる協力者ではなく、
そもそも毒蛇放逐の計画に関与していた存在であることが示されていきます。
彼は街に放たれた蛇を回収し、ある目的のために利用しようとしていたのです。
毒蛇事件をきっかけに、白蛇を祀る神社の宮司、
蛇を欲しがる謎の女性、毒蛇咬傷死事件を追う刑事など、
怪しげな人物たちが主人公の周囲に集まってきます。
さらに、過去に因縁を持つ実業家ロー・Kが登場し、
主人公は彼を「世界から抹消すべき存在」と見なすようになります。
物語後半で、主人公の計画は明確に毒蛇を用いたテロ行為として姿を現します。
彼自身の手で社会に復讐するため、蛇を武器として使うその企ては、
作中で「この本はテロリストの記録だったのだ」と明言されます。
『彼の左手は蛇』の感想
恐怖と希望が交錯する蛇信仰の寓話
物語構成は、村の奇妙な日常描写から主人公の恐るべき計画が明らかになるという
二部構成で、緩やかな導入からクライマックスへと緊張を高める作りになっています。
前半では蛇信仰と閉鎖的な村の空気がじわりと積み上げられ、
読者は日常と異変の不穏な落差に気づきます。
説明的にならず自然体の語り口で描かれているため、
主人公の日常に没入しながらも少しずつ謎が解けていく感覚を味わえます。
後半に至ると主人公の一人テロ計画が急速に明かされ、
まさに後半一気にサスペンスが爆発する展開です。
出版当初には「恐怖の書」と評される一方、
同時に「閉塞感漂う現代社会に放たれた『希望の書』」とも評されたとされていますが、
この正反対の評は本作の重層性を象徴しています。
そして読了後には恐怖と共にどこか希望を見いだせる後味が残り、
読者を深く刺激する作品です。
テーマ面では、蛇という「悪」の象徴を逆手に取って
生と再生、抑圧と反逆を描き出している点が興味深いです。
作者が言うように蛇は「生きるものの象徴」であり、
主人公は古い伝承と蛇信仰にすがりながら自分なりの生き方を獲得しようとします。
社会の価値観に縛られず独自の神話を作り直す姿は、
「今ある価値観が全部ではない」という作者のメッセージにもつながります。
閉塞した世界でも別の視点や価値を想像できることを示しており、
暴走とも思える主人公の行動にもどこか救いの意図が感じられます。
さらに作品全体からは、絶望的な世界にも
自分なりの拠り所を見つけるべきだという希望が伝わってきます。
文体は幻想的かつ寓意的ですが、無駄のない緊張感ある表現も光ります。
静かな村の風景描写の間に差し込まれる主人公の呟きや呪文めいた言葉は、
物語に神秘性を添えています。抽象的な比喩や象徴が随所に散りばめられ、
読者自身が解釈の余地をもって世界観に没入できます。
特に終盤の描写では、クライマックスの惨劇が音もなく訪れ、
あえて詳細をあまり描かないことで逆に読者の想像力をかき立てる効果があります。
また、登場人物も強烈な印象を残します。
主人公は冷静沈着ですが内面には深い憎悪と狂気を秘めたアンチヒーローで、
彼の異常な落ち着きと暴走の狭間が狂気の魅力を生みます。
対して、宮司や蛇に取り憑かれた女性、刑事や村長らは
それぞれ蛇や事件と絡む象徴的なキャラクターとして存在感を放ちます。
蛇に夢中な女性は熱狂と純粋が入り交じった怪しげな眼差しを見せ、
宮司は古代の呪術を思わせる振る舞いを見せます。
彼らの言葉や仕草からは目に見えない恐怖や哀しみが滲み出ており、
それが主人公の暴走劇を引き立てる効果もあります。
主人公のテロ的行為は決して正当化できませんが、
著者が述べるように「テロを完全に肯定するわけではないが、
社会を変えたい選択肢として物語に登場させた」という背景を考えれば、
読者は暴力的な行動にも根深い絶望や希望を読み取ります。
実際、著者は「読んだ人が『この本に出会えてよかった』と思えるような物語にしたかった」
と語っており、この物語は読者に生きる力や勇気を与える意図が感じられます。
また、インタビューで「息苦しい社会でも、読書の間だけは自分を解放し、
自分に優しくしてあげることが大事」と述べており、
読者が物語の闇に没入しつつ心の休息を得ることを後押ししています。
最後に
ここまで本書について紹介してきました。
全体として、本書は中村文則の創造力が遺憾なく発揮された1冊であり、
重苦しいテーマを扱いながらもどこか救いを求める読者の心に響く作品です。
読む人は恐怖と希望が織り交ざる余韻に浸り、
自らの生き方を見つめ直すきっかけを得られます。
本書が気になる方は、ぜひ手に取ってみてください!

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