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『世界はなぜ地獄になるのか』の要約について

ノンフィクション

こんにちは!しょーてぃーです!

今回は、橘玲さんの

『世界はなぜ地獄になるのか』について紹介をしていきます!

 

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『世界はなぜ地獄になるのか』について 

本書の概要

本書はひとことで言うと、

現代社会のさまざまな問題を分析し

地獄のような状況が生じる理由を探る1冊です。

 

本書をオススメしたい人

・社会問題に関心がある人

・批判的思考を養いたい人

・社会改革に関心がある人

 

本書では、格差の拡大、社会的な分断、精神的な不安などの

現代社会における「地獄」的な状況がなぜ生じるのかを

著者が多角的な視点から分析している1冊です。

 

本書では、資本主義の進展による格差の拡大などの経済的な要因から

コミュニティの崩壊と孤立化などの社会的な要因、

メンタルヘルスの増加などの心理的な要因、

歴史的に繰り返される社会不安などの歴史学などを用いて

地獄的な状況の根本原因を探り出そうとします。

 

そして本書では、これらの状況を改善するために

個人と社会の両方が変化する必要があると指摘しており

なかでも経済的な再分配政策、社会的なネットワークの再構築、

精神的なサポートシステムの強化などが重要な解決策として提示されています。

 

『世界はなぜ地獄になるのか』のまとめ

1 小山田圭吾炎上事件

本章では、音楽家小山田圭吾が過去のいじめ行為を告白したことで

引き起こされた炎上事件を詳細に分析しています。

 

小山田圭吾は日本の著名な音楽家で、

フリッパーズ・ギターのメンバーやソロプロジェクト「Cornelius」として活動していました。

 

彼が東京オリンピック・パラリンピックの

開会式・閉会式の音楽監督に任命されたことをきっかけに

過去のインタビューで語ったいじめ行為が再び注目を集めました。

 

1990年代の音楽雑誌「ロッキング・オン・ジャパン」と「クイック・ジャパン」のインタビューで

小山田は中学時代に障害のある同級生に対して

行ったいじめ行為を詳細に語っていました。

 

この内容が2021年に再浮上し、SNSやメディアで大きな批判を巻き起こしました。

 

インタビュー内容には、暴力的で侮辱的な行為が含まれており、

その残虐性が特に問題視されました。

 

この事実が明るみに出ると、世間からは強い批判が巻き起こり、

小山田は謝罪声明を発表しましたが、それでも批判は収まりませんでした。

 

特に、彼が東京オリンピックの開会式・閉会式の音楽監督に

任命されていたことが問題をさらに深刻化させました。

 

オリンピックの理念に反するとして、

国内外からの批判が強まり、小山田は最終的に音楽監督を辞任することとなりました。

 

著者はこの事件を通じて、現代社会が抱えるいくつかの重要な問題を浮き彫りにしています。

 

1つ目は、過去の行為が再評価されることです。

SNSの普及により、過去の行為や発言が再評価されることが一般的になっており、

過去に行った行為が現在のキャリアや社会的評価に重大な影響を与えることが増えています。

 

2つ目は、社会的な許容範囲が変化していることです。

社会の倫理観や価値観が変化するなかで、

過去に許容されていた行為が、現代では不適切とされるケースが増えています。

 

3つ目は、公共人物の責任が重くなっていることです。

公共の場で活動する人物に対する期待と責任の高さが強調されており

特に、オリンピックのような国際的なイベントでは

関係者の行動規範が厳しく問われることが示されています。

 

小山田圭吾の炎上事件を通じて、現代社会における過去の行為の再評価、

倫理観の変化、公共人物の責任、の重要性を浮き彫りにしています。

 

これらの要素が複雑に絡み合うことで

現代社会の「地獄」的な状況を生み出しているということです。

 

2 ポリコレと言葉づかい

本章では、政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス、ポリコレ)とその言葉づかいが

現代社会にどのような影響を及ぼしているかを分析しています。

 

ポリティカル・コレクトネスとは、

差別や偏見を避け、全ての人々に対して公平で尊重のある言葉づかいを推奨する考え方です。

 

これは、特定の人種、性別、宗教、障害などに対する偏見を減らし

より包括的な社会を目指すために発展しました。

 

しかしポリコレの影響で、日常会話や公式な場での言葉づかいが変わり

以前は容認されていた言葉が差別的と見なされ、使用することが避けられるようになりました。

 

そして言葉づかいの変化は、社会全体のコミュニケーションにおいて

慎重さと配慮を要求するようになり

特定の言葉を使うことに対する警戒心が高まりました。

 

またポリコレは、映画、テレビ、文学、音楽などの文化的表現にも影響を与えました。

 

クリエイターたちは、作品が特定のグループに対して

不適切なメッセージを送らないように注意する必要が出てきました。

 

これにより、一部の表現が自粛され

特定のテーマや視点が避けられるようになることもあります。

 

そしてポリコレは、言葉の使い方に対する意識を高める一方で、

表現の自由とのバランスを取ることが難しい問題です。

 

過度に制限されてしまうと、クリエイティブな表現や自由な議論が抑制されるリスクがあります。

 

またポリコレの基準は文化や地域によって異なります。

 

一つの文化で適切な表現が、別の文化では不適切とされる場合があり、

国際的なコミュニケーションにおいて混乱が生じることがあります。

 

さらに一部の人々はポリコレを過剰と感じ、反発することがあります。

 

この反発が社会的な分断を生み出し、

ポリコレの本来の目的である包括的な社会の実現を妨げることがあります。

 

つまりポリコレは、公正で包括的な社会を実現するための重要なツールである一方で、

表現の自由や文化的な多様性とのバランスを取ることが必要ということです。

 

3 会田誠キャンセル騒動

本章では、現代アート界で知られる会田誠が巻き込まれた

キャンセルカルチャーの騒動を取り上げています。

 

会田誠は日本の現代アーティストで、

彼の作品はしばしば挑発的で物議を醸す内容を含んでいます。

 

彼の作品には、女性の身体を扱うものや暴力的な表現が含まれており、

一部の観客から不快感や批判を受けました。

 

特に、「犬(カニ)島プロジェクト」に関連する作品が問題視されました。

 

これらの作品に対する批判のうち、主に女性差別的であるという点に集中しました。

 

SNSやメディアで批判が広がり

会田の展示やプロジェクトのキャンセルを求める声が高まりました。

 

さらに会田の作品を支持する側と批判する側の間で激しい議論が巻き起こり、

アートの自由と表現の限界についての議論が展開されました。

 

そして一部の展示が実際にキャンセルされたり、

予定されていたプロジェクトが中止されたりしました。

 

これにより、アーティストとしての会田の活動に直接的な影響が及びました。

 

著者は、このキャンセル騒動を通じて

現代社会におけるキャンセルカルチャーの特徴と問題点を浮き彫りにしています。

 

まず会田誠の作品が示すように、表現の自由はアートにおいて重要な要素ですが、

それが他者を傷つける可能性がある場合、その自由の限界が問われます。

 

そこで表現の自由と社会的な責任のバランスを

どのように取るべきかが議論の焦点となります。

 

次にSNSは、批判やキャンセルの声を迅速に広める手段として機能します。

 

一度炎上が始まると、拡散力の強さから

一気に大規模な批判運動に発展することがあり

このような状況では、アーティストや表現者が自己検閲を余儀なくされる場合があります。

 

そしてキャンセルカルチャーは社会の分断を深める一因ともなります。

 

ある表現が一部の人々にとって受け入れられないと感じられる一方で、

他の人々には芸術的な価値があると見なされることがあります。

 

これは文化的な対話や理解を妨げ、対立を激化させることがあります。

 

つまり表現の自由の重要性を強調しつつも、

その自由が他者に与える影響についても慎重に考慮する必要があるということです。

 

4 評判格差社会のステイタスゲーム

本章では、現代社会における評判とステータスの重要性、

そしてそれが引き起こす社会的な格差と人々の行動について探ります。

 

現代社会において、評判は個人や企業の成功に大きな影響を与えます。

 

評判が高いことは、信頼や権威、影響力を持つことを意味し、

社会的なステータスを築く上で不可欠です。

 

評判は一度築かれるとその持続が期待されますが

逆に失うと再構築が非常に困難になります。

 

競争社会において、個人や企業は評判を高めるためには

絶えず努力をしなければなりません。

 

高いステータスを維持することは

より多くの機会や利益を得るための鍵となります。

 

SNSやインターネットの普及によって

個人の評判が一瞬で拡散し、多くの人々に影響を与えることが可能になりました。

 

さらに評判を評価する基準は多様化しており、

単に経済的成功だけでなく、道徳的な行動、

社会貢献、外見、ライフスタイルなども重要な要素となっています。

 

これにより、異なる価値観を持つ人々の間での評判格差が生じやすくなっています。

 

また、高い評判を持つ人々とそうでない人々との間で

経済的・社会的な格差が広がっています。

 

この格差は、教育や仕事の機会、社会的ネットワークなどにおいても顕著に現れます。

 

評判の格差は、個人の幸福感や自己評価にも大きな影響を与え

高い評判を持つ人々は自己肯定感が高く、充実感を感じやすい一方で

低い評判の人々は自己肯定感が低く、ストレスや不安を抱えやすくなります。

 

そしてステータスゲームにおいては

評判を維持・向上させるための不断の努力が必要です。

 

これには、自分の行動や発言に注意を払うこと、社会的なネットワークを広げること、

常に最新の情報やトレンドに敏感であることなどが含まれます。

 

これらの努力は、多くの場合ストレスやプレッシャーを伴い、精神的な負担となります。

 

そこで著者は、評判格差社会のステータスゲームが

個人と社会に与える影響を深く分析し、その問題点を指摘しています。

 

まず、社会の評価に過度に依存するのではなく、

自分自身の価値観や目標を明確に持ち

それに基づいて行動することの重要性を強調しています。

 

これにより、外部の評価に左右されず、自己肯定感を保ちやすくなります。

 

次に、物質的な成功や外見的なステータスだけでなく

共感や信頼を基盤としたコミュニティを築くことが社会の健全性を保つ上で重要です。

 

こうしたコミュニティは、個人の幸福感や社会的な絆を強化する役割を果たします。

また、評判やステイタスの価値を正しく理解し、

そのための健全な競争と協力を促進するための教育や啓発活動が必要です。

 

特に若い世代に対して、評判やステイタスに関する正しい認識と、

それに伴う責任を教えることが重要です。

 

つまり評判が個人の幸福感や社会的成功に大きな影響を与える一方で、

その過度な重視がストレスや社会的な分断を招く可能性があるということです。

 

そして、個人が自分自身の価値観を持ち、

健全なコミュニティを築くことで、評判格差社会の負の側面を緩和するということです。

 

5 社会正義の奇妙な理論

本章では、現代社会における「社会正義(ソーシャル・ジャスティス)」の概念とその運動が、

どのようにして広まり、どのような影響を及ぼしているのかについて詳しく探求しています。

 

まず、社会正義とは、すべての人々が平等な機会を持ち

公正な社会を実現するための理想や運動を指します。

 

具体的には、経済的不平等、性差別、人種差別、その他の社会的不公正に対する対策が含まれます。

 

この概念は、特に20世紀後半から21世紀初頭にかけて、アメリカを中心に発展してきました。

市民権運動、フェミニズム、LGBTQ+の権利運動などがその例です。

 

現代における社会正義運動として、

ソーシャル・ジャスティス・ウォリアー(SJW)というものがあります

 

SJWは、社会正義を強く推進する人々のことを指し

彼らは、差別や不公正に対して積極的に声を上げ、行動を起こします。

 

SNSを活用して運動を広めることが一般的であり、

これにより迅速かつ広範囲に影響を及ぼすことが可能です。

 

社会正義運動の一環として、キャンセルカルチャー(キャンセル文化)が存在し

これは、差別的と見なされる発言や行動をした人物や企業を

公に非難し、社会的に排除することを指します。

 

この文化は、正義を実現する手段としての一面を持つ一方で、

過剰な攻撃や誤解による不当な排除を生むこともあります。

 

しかし社会正義の名の下に行われる運動が、

個別の事例や文脈を無視して過剰に一般化されることがあります。

 

これにより、本来の問題の複雑さが見失われ、極端な主張や行動が生まれることがあります。

 

また社会正義を追求する過程で、言論の自由が脅かされることがあります。

 

特定の意見や表現が不適切とされ、排除されることが増え、

多様な意見や議論が抑制され、社会的な対話が困難になることがあります。

 

著者は、現代の社会正義運動が持つ二面性を強調し

そのポジティブな側面とネガティブな側面のバランスを取ることの重要性を説いています。

 

まず、社会正義の追求においては、過剰な一般化や道徳的優越感に陥らないように注意し、

具体的な事例や文脈を考慮することが必要です。

 

次に、言論の自由を尊重し、多様な意見や視点を受け入れる姿勢が重要です。

 

対話を通じて、異なる立場の人々との理解を深めることが、社会の健全な発展に繋がります。

 

そして、社会正義についての正しい理解を広めるための教育や啓発活動が重要です。

 

これにより、過剰な運動や不当な攻撃を避け、健全な社会正義の実現を目指すことができます。

 

6 「大衆の狂気」を生き延びる

本章では、現代社会における集団心理の影響と、それにどう対処するかを探求しています。

 

大衆の狂気とは、多くの人々が同じ考えや行動を一斉に取り、

それが合理的でない場合を指します。

 

これにより、集団全体が非理性的な行動を取ることがあります。

 

大衆の狂気は、歴史を通じて繰り返されてきた現象であり、

戦争、金融バブル、パニックなどがその例です。

 

人々は社会的なつながりを保つために、

周囲の意見や行動に同調する傾向があります。

 

この同調圧力が強まると、個々の理性や判断が失われ、

集団全体が非理性的な行動に走ることがあります。

 

またSNSやインターネットの普及により、

特定の情報が過剰に拡散され、他の情報が無視されることがあります。

 

これにより、集団全体が偏った情報に基づいて行動することが増えます。

 

さらに感情は伝染しやすいので、

一人の強い感情が集団全体に広がることがあります。

 

恐怖や興奮などの感情は、特に強力に影響を及ぼします。

これらの体臭の狂気に対抗する方法としては3つあります。

 

1つ目は、個人の理性を強化することです。

集団の中にあっても、自分自身の理性や判断力を保つことが重要で

批判的思考を持ち、情報を多角的に検討する習慣をつけることが必要です。

 

2つ目は、情報の多様性を持つことです。

偏った情報に基づく行動を避けるために、

多様な情報源から情報を収集することが重要です。

 

信頼性の高い情報を選び、自分の意見を形成する際には複数の視点を考慮するべきです。

 

3つ目は、感情を管理することです。

感情が行動を支配しないように、冷静さを保つことが重要です。

感情的な反応を避け、冷静な判断を下すための方法を学ぶことが推奨されます。

 

著者は、大衆の狂気が現代社会に及ぼす影響を強調し、

それにどう対処するかについて提言しています。

 

まず、批判的思考や情報リテラシーを養う教育が重要ということです。

若い世代に対して、集団心理の影響を理解し、それに対抗する方法を教えることが必要です。

 

次に、社会の中で自律した個人として行動することの重要性を強調しています。

自分の価値観や信念を持ち、それに基づいて行動することが、

集団の狂気に流されないための鍵となります。

 

そして、多様な意見や視点を受け入れるような社会的な対話を促進することが重要です。

 

異なる意見を尊重し、建設的な議論を通じて共通の理解を深めることが、

社会全体の健全性を保つために必要です。

 

つまり個人と社会が協力して、この問題に取り組むことが必要であり

それには理性と対話の重要ということです。

 

最後に

ここまで本書について紹介してきました。

 

現代社会の問題を橘玲さんらしい鋭い切り口で

分析と提言をされている良書だと感じました!

 

本書が気になる方は

是非本書を手に取ってみてください!

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